最近、平和をめぐる象徴的な動きがありました。片や、オバマ米大統領の「核兵器を使用した唯一の核保有国として、米国には行動すべき同義的責任がある」「核兵器のない世界へ」、他方、世界に向けて核兵器を恫喝の材料として孤立化を深める北朝鮮、もうひとつ言えば、公的に明らかになっている日本への核兵器持込に関する日米密約文書の存在すらガンとして認めず、唯一の被爆国でありながら対外的に核兵器廃止の一言も言えない日本。
今年も、さいたま市内で「2009平和のための埼玉の戦争展」が開かれています(7月30日~8月3日、浦和駅西口前コルソ7F)。私は、8月1日昼前に出かけ、ボランテイアの説明を受けながら会場展示物をみたり、映画観賞、講演会に参加しました。今年も会場では高校生から年配者の幅広いボランティアが頑張っていました。参加者の年代も結構巾が広く、各々真剣な眼差しで展示物に見入っていました。 (画像は戦争展会場風景)
アメリカのベトナム侵略戦争を描いた映画「ベトナムのダーちゃん」、かなり旧い映画ですが、作家・早乙女勝元さん自身の体験が原作に生きています。ベトナムのある少女を主役に、戦争がもたらした数々の悲劇、ナパーム弾(化学兵器)による奇形児の発生等の痛々しい事実、そして実録フィルムを織り交ぜた見応えのある95分間の映画でした。実録フィルムはアメリカ従軍記者の撮影だと思われますが、目を背けたくなるような場面が数多くありました。話は変わりますが、米軍のイラク帰還兵や海兵隊員に精神病を止む人が多いようです。戦争はまともな人間を野獣に変え、平常の世界に戻ったとき居場所がなくなるのではないでしょうか。 (画像は、左・広島原爆風景、右・戦時中の一般家庭)
講演会のテーマは「アジアからみた日本のいま」、講師は「シンガーポール聯合早報(れんごうそうほう)特派員・符(ふ)祝慧(しゅうえい)」さんでした。符さんの故郷はシンガポール(中国系華僑)、1980年代に日本に留学。日本での生活歴25年、夫と子ども二人に恵まれ、第一線の報道記者として活躍中です。
符さんは、祖父母から教えられた「戦争の国、侵略の国=日本」が実際にどんなものか、ということで家族の反対を押し切って日本に留学。講演会で符さんが強調したのは、①日本の若い人は自分の国の近代史を知らな人が多い(教科書では日本のアジア各国への侵略の歴史がボカされている) ②日本国政府は侵略戦争の反省を公に謝罪していない(ドイツなどは公に謝罪済)、したがってアジア各国でまた日本が悪いことをするのでは、とい警戒感が強い ③日本で政権が変わっても(自公→民中心)、果たして政治(対外政策など)が変わるのか疑問。要は、日本がアジアの国々と信頼関係を樹立しなければ、日本は今後アジアで孤立するのではないか、という結びでした。 (画像は、講師の符さん)
会場から「日本軍のおかげでイギリスの侵略から開放された、という意見もあるが」という問いかけがありました。これに対しては「(祖父母の話も含め)日本軍がいた3年半の時代は最も暗い時代だったそうだ。食料略奪、婦女子への暴行などひどい行為が目立った」と回答しました。私はこれを聞いて「南京虐殺事件」での「中国側発表の死亡人数は大ゲサ(一部政治家・評論家の日本側発言)」対「イヤ本当だ(中国側)」を思い出しました。私は枝葉末節の問題も無視できないが、物事の本質は根幹をみて判断すべき、ということを改めて認識しました。私の意見は、「日本名がマレーシアを侵略した」「日本が南京で市民を虐殺をした」という事実が根幹の問題であり、それらに対してどのように反省するのかがポイントだということです。この考えに対して単純に「それは自虐史観」と反論する政治家・評論家もいるようですが、なぜもっと素直になれないのでしょうか。(1942年2月、日本軍が侵略開始、シンガポールは1965年マレーシアから独立)
今回の戦争展では、展示物をみたり、映画観賞・講演会と大変有意義な時間を過ごしました。間もなく、原爆記念日、敗戦記念日をむかえます。衆議院選本番を迎えており、平和の問題も大きな争点にし、国民に判断を求める必要があるのではないでしょうか。
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